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りっぱなおとなになれなかった

40才くらいの独り言

岡崎京子展~伊丹市立美術館に行ってきた

※ネタばれします。今から観に行く人は絶対読まないでください。

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はりきって往復はがきで応募し、トークショーの観覧までしてきた。

というくらい楽しみにしていたのだ。

 

原画をみたのは初めてで興奮した。

ある程度年代ごとに、展示された原稿を見て、おおー絵がうますぎると悶絶。で、描くのが相当早そうだと思った。初期からリバースエッジくらいの原稿は、筆圧が強いのか、消すのがめんどうなのか下書きの鉛筆の線が残ってたりもする。印刷ではみえなくなるであろう青ペンでトーンの番号を指定したりしてるのがくっきり残っていて(たまに実際の本になったときでもトーン番号が残っている場合がある)悩まずにスコーンと描いて、やっぱりこっちの方がいいかも?って感覚でホワイトで枠線を消したり、トーンを剥いだりしているようにみえる豪快な雰囲気の原稿たちだった。

 

ネームはすごく悩むのだろうなと、いつもあとがきを読んで思っていた。とくに読み切りはネームがぎゅうぎゅうになって…と岡崎さん本人が語っていたから。

 

マンガ夜話 (Vol.2) (キネ旬ムック)

マンガ夜話 (Vol.2) (キネ旬ムック)

 

 締め切りは守っていたけど、描きたいことがぎゅうぎゅうで、なんとかギリギリまでいろいろ試行錯誤し、締めきりと作品のクオリティの狭間で大変だっただろうなという話は、岡崎さんが事故に合われたその当時くらいにBSでやってたマンガ夜話香山リカさんが語っていたのを聞いていたのでピンとくる。

Pinkが雑誌に連載されていたをリアルタイムで読まれてた香山さんは、のちに単行本になったPinkを読んでびっくりしたと…主人公のユミちゃんが恋人のハルオくんと海外に旅立ってハッピーエンドだった最終回のはずなのに、単行本ではその後ハルオくんはユミちゃんがホテトル嬢をやってたことを記者に問い詰められて追いかけられて、交通事故に合い空港には現れないのであろう…という悲し過ぎる一編を描き足していると言っていたから。連載中に間に合わなかったのか、単行本化するにあたり思いついたのか…謎だった。

が、最近出た岡崎さん関連本によしもとばななさんと対談しているのに書いてあった…

編集の人にオトコを殺したら?とアドバイスもらったから、その通り死んでしまう一編を描き足したのだと…

 

単行本になった時に初めて完成!ってわけでは決してないと思うけど、そういう豪快な修正というか描き足しをする岡崎さんはやはりタダモノではない。

こんなインタビューもあった

「トーンを貼っている時間がないから、原稿は白い」

 

トークショーでも言ってたけど、ヘルタースケルターあたりから、突然絵が変わる。変わるというか上手くなってるというか丁寧に描いている。

生原稿を年代順に並べて、見比べているから本当によく分かった。

この絵が丁寧になったという話にオチはないのですが…

人は変わるのだ。変わらない人もいるかもしれないが、岡崎さんは時代と共に生きているのだろう、その時々をしっかりとらえて作品に落し込んでいる。そんな時代をとらえている感覚と合致して絵の扱いが変わるのは当然な気がする。

ずーっと同じテイストばっかの漫画家を否定するわけでは無い。

岡崎さんはそういう人なのだ。岡崎さんの80年代から90年代はじめの雰囲気が好きだった人はごめんなさい。残念ですが、岡崎さんは単行本でストーリーを間逆にひっくり返すオチを描き足すような人だ、こんなことを許す編集者と読者によって岡崎さんは形成されたのだ。

 

そんな変わっていく岡崎さんが再確認できて、とっても有意義で刺激的な展示でした。

 

いやしかし、トークショーに出られていた双葉社の島野編集局長が、当時短大を卒業したばっかりくらいの岡崎さんがセカンドバージンという連載を落としそうになったときに、苦肉の策で提出した読み切りの話が最高に面白かった。

それは「漫画の締めきりがパンツのゴムのように伸びる」という内容の漫画で、あっけらかんとそういうものを出し、なんだったらちょっとエバってるみたいな岡崎さんに怒って、連載の続きを描かせたと島野さんは言っていた。島野さんやよしともさんは岡崎さんのことを京子ちゃんって呼んでてうらやましかった←これはどうでもいいな…そういえば、いしかわじゅん氏も京子ちゃんって呼んでたな←さらにどうでもいいな…

 

えー、これから多分わたしたちは岡崎さんの新作に触れることはできない。これは事実だ。

これまえでに発表された作品たちは、わたしみたいなおばさんが、あー懐かしいと思い出に浸ったり、この年になって岡崎さんの描いてることってもしかして、こういうことだったのかも…と再確認するだけのものではないのだ。もっともっと若い人や、食わず嫌いで映画や絵の雰囲気だけで読んでいない人がもっと読んでいくべき作家の作品たちなのだ。

トークショーでも言ってたけど、どうやって岡崎京子の作品を読み続けてもらうかが大切なのだ。

別に、わたしがこんなところに何か書いて読者が増えるわけでも何でもないが一応書いてみた。