読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

りっぱなおとなになれなかった

40才くらいの独り言

老人ホーム選びって…

 

おばあちゃんは、痴ほうになり8年間で3つの介護施設でお世話になった。

 
最初の施設は出来たばかりのとこで、キレイで駅からも近くよく見に行った。職員の方もいい人ばっかりで、おばあちゃんは明るく呆けていた。
 
そこにずっと居れたらよかったけど、3年位だったかな?それ位で別の施設に移った。そこはすごい田舎に建てられたボロい古い暗いとこだった。
叔父さんは、長男でおばあちゃん(叔父さんからすると母親)のことをいつも気にしていて、仕事の帰りや休みの日、時間が空いたらしょっちゅう見に行っていて、そこの施設はおばあちゃんのことをよくみてくれているといつも言っていたから別に問題なかった。
だけど、その2つめの施設に入った頃から、おばあちゃんは叔父さんのことしか認識せず、見に行ってもわたしのことはもちろん、叔父さん以外の我々親戚達に敬語で話すのが悲しくて、可哀相で、虚しくて、わたしも親戚達もあんまり見に行かなくなった。
 
おばあちゃんが死んで今年で10年。
この前、叔父さんがポロっと言った。
2つめの施設で、体が悪くなったおばあちゃんは、そこでは預かれなくなったので、また別の施設に入った。呆けはじめてから7年位たっていたのだけど、、ある日叔父さんが見に行ったら、おばあちゃんの顔にでっかいアザがあり、施設の人は転んだからできたアザだと一点張り。何回も問い詰めたが、転んだからとしか言わなかったらしい。
でも、あれは殴られたんだと思うと。。
 
わたしは、その3つめの施設がどんなとこかは、あんまり記憶にない。おばあちゃんが?施設が?どっちもが見せたい状態では無かったのか、叔父さんは必ず1人で見に行くようになっていたから。
 
それを聞いて、もう10年前のことだけど、胸が締め付けられた。
辛い。
 
最近、母と呆けた時どうするかを話すことが増えた。母は、自分が呆けたらすぐに施設に居れてくれと言ってた。母は今もずっと働いており、自分が施設に入る位の蓄えはあると豪語していた…
けど、この話を聞いて考えが変わった

ちょっと引用してしまうと
 
終末医療は、べらぼうにお金がかかる。見方を変えると、そこで成り立っているビジネスもあるんですね。寝たきりで、胃ろうで栄養を取っているような入院患者が何人かいれば、という話もあるくらい。だから、できうる限りの手を尽くして、延命するケースもでてくる。
アメリカなどだと、終末医療の施設に入ったら、三ヵ月とか半年くらいで亡くなっていくそうです。患者が自力で食べなくなったら、スプーンで無理やり口に押し込んだりしない。水を飲めなくなったら、そのままにする。ー
 
経済的に生かされる老人達という項目では
 
ー私たちの国では、意識がなくなっても、食べられなくても、何年も「お迎え」に来てもらえないことがあるわけです。考えてみれば、日本の高齢者もつらい存在です。若い頃は、世界に冠たる長時間労働で経済発展に貢献したのに、寝たきりになってからも、また別の「需要」を満たすために「生かされる」のです。ー
 
というわけで母は、自力で食べられなくなったら放置してくれる施設に入れてくれと言い出した。
 
そんなもん何処にあるのか、実際に日本にあるのか知らないけど、とにかくそれは、わたしだけの判断で決められないし、実際に呆けてからじゃないと分からないと毎回言っている。
毎回母も、ふーん そんなもんかとそんなに食い下がらないので、これらのこの先呆けたらどうしよう話は、いつもこれで終了するのだけど。。
 
こんな話をするなんて、これまでの自分には想像も付かなかったけど、これが現実。
介護施設関連の暗いニュースは、他人事ではなく、、ただただ辛い。
 
f:id:otoboke-imotarou:20160216233317j:image
この前、ギネスにも認定された世界最高齢バンドのジャズを聴きに行った。平均年齢83歳。
3人の奏でる音は、この年齢でしか出せない素晴らしい間で成り立っていた。
聴きに来ていたお客の年齢層は高い。みんな、うっとりしてた。すごい良い空気。空間。
素晴らしい時間だった!