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りっぱなおとなになれなかった

40才くらいの独り言

熟年離婚

2年前に両親が離婚した。

2人とも60歳過ぎ。熟年離婚ですわ。
 
阪神大震災で、全てのヤル気をなくしたような父と、逆境に強い母とチグハグな感じになり、父は理由をつけて会社に泊まり込み、気がついたら家に帰って来なくなった。
 
しかし、給料のほぼ全部を家に入れていた父なので、母、兄、わたしは、震災で持ち家が全壊し住めなくなり小さなアパートに移り、お金は入れてくれるけど帰ってこないのは、むしろ楽でありがたかった。
 
震災から数年経って、家を建て直したら数ヶ月ごとに帰ってきた父だけれど、もう自分が住む家という感覚は無いらしく、2、3日したら会社の寮に戻るという生活をずっと続けていた。
 
父は酒に逃避する人で、まいにち日本酒一升近くを飲んでいた。昔は楽しい飲み方をしていたのだけど、震災後から一変…絡み酒になり、たまに帰って来ては、我々家族に暴言を叫ぶようになっていた。兄が結婚し家を出たので、わたしと母は、給料を家に入れてもらっている手前、寮に戻る何日かの辛抱だと、たまにふらっと帰ってきたと思ったら暴言を叫ぶ父を我慢した。
 
2年前、些細なことで父は母にいちゃもんをつけ、毎日電話で母を怒鳴りつけてくるようになった。横でもれ聞こえるのを聞いていたが、まるでヤクザのような口調で、この人は本当に家族なんだろうかと疑問に思うくらい怖かった。あと、毎晩かかってくる電話がいつまで続くかわからず頭がおかしくなりそうだった。1カ月ほど続いた電話攻撃に耐えられなかった母は離婚を切り出し、いろいろあって別れることに成功し、晴れていま楽しく過ごしている。結構、あっさり別れられた。
 
別れてから母は、明るく楽しく元気そう。うちに入ってくるお金はかなり減ったけど、本当に別れて良かったとわたしも思う。
できれば、わたしが結婚するまで仮面夫婦を続けて欲しかったが、そんな予定は一切ないので、まあ仕方ない。
 
最近別れたカレに、両親が離婚しているようなわたしを自分の両親には紹介しにくいという内容のことを言われたことがある。
やはり一般的に考えて、それはそうなんだと、その時初めて実感した。
わたしが貸した金は返さないわ、会社を辞めたことを内緒にして、無職なのに会社の人達と上手くやってて楽しく働いていると、平気で田舎の両親に嘘だらけの電話するような元カレ…
こんなやつに言われて、本当に落ち込んだが、、わたしはこんなヒモみたいな男の両親がどんな人達で、どうやってこのいい加減男を育てたのか?離婚をしたわたしの両親のことを否定するような発言をする、カレの両親がどれだけ仲のよい夫婦なのか?が知りたかった。まあもういまは、そんなこと興味ないけど。
 
なんの話を書いていたのか忘れかけた(笑)
 
そうそう、、母は離婚後、籍を父から抜き独立した個人の戸籍になった。
わたしは両親が離婚したときに、母と同じように個人の戸籍にすべきだったのだが、いつか結婚したときに籍を抜いて、夫になる人の籍に入るのだからと考えて、そのままにしておいた。
 
そう考えてから丸3年。
いい加減、個人の籍にするべきだなあと思いながら暮らしている。いい加減な元カレのことを馬鹿にしてたけど、わたしも暴言を吐きまくった父親の籍に入ったままである。
そうわたしもカナリいい加減なのである。
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どうでもいいけど元カレは鹿児島出身でした。